今の時代、何かの分野で
『突き抜ける』事は
非常に難しい事なのかもしれません。
思えば学生の頃は
良い成績を取るために
全教科の“平均”を
上げるような施策は様々な所で
見受ける事が出来ます。
例えば
学校でよくある補習の授業。
私が中学、高校の頃は
とにかく数学が苦手で
夏休みに補習の授業を
受けさせられたりと
苦手分野を補うカリキュラムは
充実されていましたが
それとは逆に、
“最も良い科目”を極める
といった事に於いては
今思えば
これといった施策はなかったなと
感じるようになっています。
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現代社会の中で
様々な分野に於いて、
最も求められるのが“平均点”であり、
“最高点”は思いの外、
注目されていない事が
何となく伝わってきますよね…。
ただ、私は、
そういった世の中だからこそ
最高得点を目指すような
取り組み方の姿勢を
取っていくべきだと考えています。
こういったソーシャルメディアで
個人で文章発信をすると、
多くの方の“最高得点”を
見る機会に恵まれます。
バンドマンなら音源、
デザイナーならデザインなど、
様々なコンテンツを
見ることが出来ますし
そういったモノを、
惜しむことなく
アウトプット出来る方は
ソーシャルメディアは次から次へと
人へ認識が伝播していきますから、
何かの発信が、
思わぬ仕事につながっていく事も
実際は少なくありません。
粗を探し合い、
人の“最低得点”ばかりを
貶し合ったりして、
“平均点”を上げるだけしか
考慮しない習慣が広まっていくと
今以上に
“最高得点”である得意分野を
磨き上げる事を忘れ、
取り柄そのものが
無くなってしまう人間が
量産してしまうでしょう。
『何の取り柄もない』と
口に出してしまっている方は
視野が“平均点”だけにしか
向いていないから、
なのかもしれません。
そういった方こそ、
意外と得意分野である
“最高得点”が高かったりしますし、
エジソンやアインシュタインのような
誰もが知る偉人であっても
当時は『知恵遅れ』と
言われるほどでしたが
彼らは平均点では無く
最高得点だけを見つめ、
自らの分野に没頭したことで、
現在のような成果や名声、
そして知名度を保っているように感じます。
確かに粗探しを無意識にしたくなる
世の中かもしれませんが
まずは少しずつ、
自分の“最高得点”は
どういった分野なのかを
見据えていく必要が
あると思っています。
様々な分野に於いて
“取り柄”が失われて
『平均化』が進む昨今の中、
そういった“最高得点”から、
出来る限りのアウトプットを行い、
自分の得意分野に於いて、
少しだけでも前に進んでいく、
といった勇気が
今後は求められていくかもしれませんね。